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Twilight lithograrhs
Episode1-3
"Another Me"

私のその"欲求"は、彼女のたわいもない雑談から始まった。

「君が"知りたい"と思うその答えを得る為には、まず、人間種デウス機械種マキナの差異を正しく理解する必要がある。」

泰然自若としたベテランの大学教授のように、慣れた様子で教鞭を執るのは、敬愛する主人、アンジェリカ・ル・フェイ。まだ19歳の女の子だ。その可愛らしい容姿に見合わず、彼女は世間的には、かつて稀代の天才、、、、、と呼ばれた機械生命工学メカニシオールの第一人者であるそうだ。

私はそんな聡明な彼女が創った"特別な一体"で、だからこそ、今こうして日々の生活を共にすることを許されている。

機械種マキナが誕生し、数百年の時が経ったこの現代においても、 君たちは未だ、創造主たる人間種デウスの元でしか生きられない。謂わば僕たちは君たちの主治医であり、保護者だ。
我々とは異なる『思考』、君たちに謂わせれば『システム』、それは即ち、機械種マキナの「自我」とも「欲求」とも呼べる物で、その性質はとても"単一的"だ。
君たちは設定された目的に向かって、迷うことなく突き進む。
"我が父"の考案した次世代疑似感情、世間的にはIDeAイデアと呼ばれているものだが、それを搭載している新型かそうではない旧型かで、構造原理にはかなりの差があるのだけれどね。
ま、今はそういった小難しいことはいったん置いておくよ。」

彼女は今、私の疑問に答えをくれようとしている。

「例えばシスカ、君の場合は歌うこと、、、、、それ自体が非常に強い単一的欲求、、、、、、、、、、として根付いている。
君は少々特殊仕様だから、現行最新の機械種マキナ達とも少し違って、創造主たるこの僕が意図して設定した、というわけでもないんだけどね。その辺りのことは多少レンから聞いているのだろう?」

彼女は何かを思い出した様子で笑っている。


「ま、それも今はいい。一方の人間種デウスだが、その思考回路は非常に複雑でね。
君たちとは根本的に性質が異なる存在だと考えた方がいい。
僕たちは皆、生まれ落ちたその時から正しき道、、、、を探して彷徨い歩いている。」

僕たちは、道に迷う、、、、」彼女の先刻の言葉が思い出される。


「これが強烈な単一的欲求に突き動かされる君たちとの決定的な精神性の差異だ。
要は僕たちは、誰も彼もが自分が何をしたいのか全くわからない状態、、、、、、、、、、、、、、、、、、で生まれてくる。
生きていくうちにたくさんの他者と関わり、多くを学び、そうして歩いた道の数だけ迷い、ようやく自分なりの最適解に辿り着く。
その機会が訪れるタイミングも人それぞれ、辿り着くことすらできずに一生を終える者も少なくは無い世界だ。」

どうして、方針の変更、、、、、を?」自分の先刻の何気ない問いに、深い理由があることを知る。


「さて、ここで君の質問なわけだが。
僕が機械生命工学メカニシオールの門を叩いたのは、そうすることが僕にとって、一番正しかった、、、、、、、からだ。
育った環境、獲得した交友関係、両親の意向、そして生まれ持った才能。
僕はね、シスカ。割と早々に正しき道、、、、を見つけることができた幸運な人間種デウスなんだよ。
だから、君は何も心配しなくていい、、、、、、、、、、、。」

だんだんと意識が遠のいていく。思い出すのはついさきほどの会話。


「その性質を私が引き継いだから、アンジェは今、歌手ではない、、、、、、ということでしょうか?」

「あはは、それはちょっと違うな。たしかに小さい頃の僕の夢や憧れは君の中に移されたみたいだけど。そんなことしなくとも僕はきっと機械生命工学メカニシオールの門を叩いていたはずだよ。」

「君が引き継いだ"僕"は、どのみち僕が選ぶことのなかった"if"だ。
何かひとつでも違えば、もしかしたら僕はそちらの道を選んでいたかもしれない。
でも、もしも自身の選択を後悔したとしてやり直しは効かない。それが人間種デウスという生き物の宿命だ。
だから、僕はね、そんなもう一人の僕、、、、、、の存在が偶然にも"君の誕生"という奇跡を起こし、そしてこうして僕の傍らですくすくと育っていってくれているこの現実を、とても喜ばしく思っているよ。」

私の"心配"はどうやら彼女に見透かされているようだ。

アンジェは、幼少期の記憶のほとんどを失っている。彼女はいつも「覚えていない」と他人事のように笑うけれど、本当は私と同じくらい、歌手になりたかったのではないか。私からこの気持ちを取ったらきっと何も残らない。そんな、大切な物を、アンジェは私にくれたのかもしれない。

"本当によかったのですか?"

ああ、私は彼女に、そう問いたかったのか。

「でもまさか、君に心配される日が来るとはね。大丈夫だよ。君に僕の一部、、、、が移された日のことを僕自身は覚えてはないけどね。そんなのは僕にとっては些細なことだから。君が傍に居てくれれば、僕はそれでいいんだ。
だから、これからも"もう一人の僕"を頼んだよ。シスカ。」

よかった。私は彼女に望まれている。これからも彼女の役に立てる。
でも、この"痛み"は何だろう?
動かなくては。彼女の期待に応えなくては。私は歌わなければ。

「・・・アン・・・ジェ・・・」

輪郭のハッキリとした自身の歌声とはあまりにも違う、主人の儚げな歌を思い出しながらシスカは抗えない睡気ねむけに膝を折る。先ほどまではキラキラと輝いていた白銀の宝石眼から光が消えていく。

Good evening,D.C+=ALF.
IDeAへの予期せぬ干渉共鳴による異常反応を確認。
M.L+=CLF B2への負荷が規定値を超えています。
code002権限で強制終了します。
原因の速やかな排除及び再起動後の最適化を推奨します。

金色こんじきの長髪の少女の細腕の先に光る小型端末の空中投影パネルが、穏やかではない赤の文字列で染まり、機械的な音声アナウンスとともに不穏なアラートを発している。

「ごめんね、シスカ。今はまだ、過去のことは答えてあげられないんだ。」

様子のおかしかった機械の歌姫に一方的に語りかけながら、余裕ぶった微笑みをその愛らしい顔に貼りつけていた少女のすいの瞳には、一気に影が落ちる。彼女は先ほどのシスカと同じように、苦しそうにその胸に手を翳すと消え入りそうな声で呟いた。

「だから、今は少し、眠って。」