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Twilight lithograrhs
Episode2-2
"BARBELINDA(1)"

時刻はちょうど六時半。
夜の帳が降り始めた斜陽の街の一角にひっそりと佇む、艶やかにも妖しく猥雑さを伴う外観の建物には、至る所に少々目に痛いピンクや紫のネオンが灯り始めていた。それは雑然とした周囲の店舗に負けじと、通りを歩く人々に営業の開始を派手派手しく報せている。

「こんばんは~」

漆黒の髪が印象に残る端正な面立ちの青年は、美しくも妖しい雰囲気の照明が灯る店へと入るや否や、バーカウンターの中の大柄な人物へと明るいトーンで声をかける。

「あっらやだ♡レンちゃんじゃないの、久しぶりね~♪」

低い声。紫ベースに派手派手しいピンクのメッシュが入った癖っ気のある髪をとても高い位置で結った彼、いや、彼女、、は、見知った青年の声に気付くと嬉しそうな表情を向ける。白い毛皮のあしらわれたいかにも"夜の蝶"といった風貌のロングドレスの裾を揺らしながら、彼が入店したドアの方へ近づいていく様はまるで可憐な乙女のそれだ。
そこへ遅れて入ってきた"ツレ"の少女は、先陣を切った青年とは対照的に、とても静かなトーンで、彼、いや、彼女、、にさらりとした挨拶をしてみせた。

「やあ、ベリンダ。」

「あっらやだ、アンジェまで。ってアンタどうしたの?顔色、悪いわよ?」

「・・・はぁ。君もか。」

終始テンションの高い店主に入店早々体調の悪さをズケズケと指摘されたアンジェは、“これ以上つっこまれたくない”と言った表情で溜息交じりの返事をすると、空いていたカウンター席のひとつにそそくさと腰掛けて細長いテーブルの上へと突っ伏した。

「あはは・・・、ちょっと人混みに酔った、、、、、、、んだって。」

他の店員の薦めで、着用していた膝上半端丈の青いコートを預かってもらおうとしていたレンが、見かねた様子で代わりに説明を入れている。

「なぁに、また? アンタ、ほんっとに繊細ね。今日はいったいどんな蜃気楼、、、に振り回されてきたってのよ?」

先ほど"ベリンダ"と呼ばれた大柄なニューハーフは、興味津々といった様子でカウンターに突っ伏すアンジェの目の前を陣取ってニコニコと笑っている。

「・・・ありとあらゆる悪意を煮詰めた、小汚い胡蝶の群れ、、、、、、、、だよ。
なんだってこの時間帯の地下鉄はあんなに余裕のない人間が多いんだ・・・。」

どうやら少女はレンと合流する前、独りで満員電車に揺られてきたらしい。

「家で待っててくれれば僕が迎えに行ったのに。」

いつのまにか1杯目のウィスキーを手にしてご機嫌な様子でカウンターへと戻ってきたレンは、心底うんざりした様子で頭を抱える少女に声を掛けながら隣の席へ収まると、相変わらず小さな顔を横へ向けて突っ伏したままの彼女の額に、グラスを持たない方の手でそっと触れる。

「呼び出しておいて迎えに来いは無いだろう。僕はそこまで図太くないよ。
それに・・・、君に連絡を入れた時にはもう、家の外だったんだ。」

街中で合流した時とは違って青年の手を振り払う様子は特になく、大人しくされるがままの少女は、少し口ごもってから"何から話したらいいものか"といった表情で唇を少し尖らせてそんなことを言う。

煮え切らない少女の態度を見て、レンはアンジェの胸中を察していた。普段は世界一出不精と言っても過言ではない目の前の少女が、自ら人を誘って家を空ける理由なんて、彼には一つしか思い当たらない。

「シスカと喧嘩でもした?」

「・・・正気か?彼女は機械種マキナだぞ。そんな"疑似感情イデア"を捻じ込める科学者が居たら、そいつは今頃政府御用達の便利屋勲章おかざりでももらって大金持ちになってるよ。父さんみたいにね、、、、、、、、。」

機械種マキナは非常に人間種デウスに友好的な生き物だ。何せそういう風に創られている。
"喧嘩"などという、機械種マキナの性質ではあり得ない事象を口にした青年に、その道のエキスパートである科学者の少女は堪らずむくっと身体を起こすと呆れた様子で反論するが、言った傍から別の可能性にも辿り着いてしまったらしく、

「いや、そんなの創ったら大炎上の末、始祖教、、、に暗殺されるか・・・?
でもそれができるのは"始祖の遺志"を破ることとも同義であって、やはり技術的には革命的で・・・」

と、冷や汗混じりにぶつぶつと小難しい独り言を言い始める。

「アンタ、そういうとこ、相変わらずね・・・。」

急に口数の多くなった機械生命工学メカニシオールオタク極まれりな少女をバーカウンターの中から見つめる大柄な店主は、若干引き気味だ。だが、そんなアンジェの百面相を、レンはというと随分と楽しそうに眺めている。

「まあ、喧嘩は冗談としてもさ、何かあったんでしょ、、、、、、、、、?」

ニコニコ微笑んだまま痛い所を突いてくる端正な顔立ちの青年の巧みな話術を、少女は少し羨ましく思う。的外れとも思われた彼の問いにはしっかりとした意図があったわけだ。彼は素直になれないアンジェの為に、ただ話し出す取っ掛かりをくれたのだろう。
正解や真実を口にするだけが、人のコミュニケーションではないということか。

「喰えないやつ・・・。性格悪いってよく言われないかい、君。」

「えー。僕これでも心配して走ってきたのに、理不尽。」

口ではそう言いつつも不満の"ふ"の字もなさそうな満面の笑みを浮かべる青年にどうにも腹が立ったのか、アンジェはそこまで脱ぐのを忘れていた白基調の膝丈コートを彼へ向かって勢いよくぶん投げてからぷいっとそっぽを向いてしまう。

投げつけられたそれをいとも簡単にキャッチした青年は「ごめんって」と笑うと、「でも調子出てきたみたいでよかった」と言葉を続けて、満足げに琥珀色の液体が入ったグラスを傾けるのだった。